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大阪高等裁判所 昭和30年(ネ)742号 判決

控訴人 奥野源左エ門

被控訴人 富永芳子

主文

特別事情による仮処分取消事件の控訴はこれを棄却する。

京都地方裁判所舞鶴支部が昭和二九年五月二二日なした仮処分決定(同庁昭和二九年(ヨ)第一三号事件)はこれを認可する。

当審において生じた訴訟費用はすべて控訴人の負担とする。

事実

控訴人訴訟代理人は「原判決を取消す。主文第二項記載の仮処分決定はこれを取消す。」との判決を、被控訴人訴訟代理人は主文と同趣旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は次の訂正補述を除いては原判決事実摘示と同一であるからそれを引用する。

控訴人訴訟代理人は右仮処分に対する異議の事由として次の通り述べた。すなわち

本件仮処分は目的不動産に対する被控訴人の占有権に基き申請されたものであるが、控訴人は昭和二六年七月本件家屋を新築してその所有権を取得し、同二八年一月までこれを店舗として美容院を自ら経営し、被控訴人をしてその業務を担当させていたが、同年一月一〇日被控訴人との間に成立した契約により同年二月一日以降次の条件で右美容院の経営を被控訴人に譲渡した。

(イ)  被控訴人は控訴人監督の下に美容院の経営にあたり、店舗の模様替改修、使用人の雇入解雇営業用設備機械の買入など重要事項については事前に控訴人の承認を得ること、

(ロ)  被控訴人は奥野家々族の一員として留まり控訴人を終生扶養し、その方法として一日三〇〇円の日掛貯金をすること、

(ハ)  被控訴人が右各条に違反したときは控訴人はいつでも右営業譲渡契約を解除しうべく、被控訴人はその際は即時本件店舗及び営業を控訴人に引渡すこと、

(ニ)  本件店舗の保存登記は便宜上被控訴人名義にしておくが、控訴人の右回復請求権を確保するため、売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記をしておくこと、

控訴人は右約旨に従い登記を経て同年二月一日から美容院の経営を被控訴人に引継いだが、その後も随時本件家屋に出入して営業の監督をした。従つて右店舗に対しては被控訴人と並んで控訴人も占有権を行使して来たのである。

ところが、被控訴人は前記契約に反し、控訴人に無断で使用人を雇入れ、控訴人扶養の方法たる日掛貯金を怠るので、控訴人は昭和二九年一月二〇日被控訴人に対し前記営業譲渡契約を解除する旨通告し、原状回復を求めたから、本件店舗の所有権及び美容院の経営権は控訴人に帰復し、被控訴人は右店舗を占有する正権限を有さないことゝなつた。その正権限のあることを前提とする本件仮処分は失当である。

又控訴人が本件店舗から機械器具を若干持出したのは正権限に基くものである。けだし美容院の設備や器具は前記のように控訴人が監督権に基き被控訴人と共に占有するものであり、家族間の問題としてこの程度のことは許さるべきであるのみならず、自救行為とも見られるからである。更に控訴人の行為が何等かの占有妨害になつたとしても、それは営業用器具に対してだけであつて、本件家屋の占有妨害になるものではない。以上の次第であるから本件仮処分には保全の必要性がない。

右いづれの理からも本件仮処分は失当として取消さるべきである。これに対し被控訴人訴訟代理人は次の通り述べた。すなわち

控訴人は控訴審にいたつてその申立を仮処分異議に改めたが、仮処分異議の申立はその仮処分命令を発した裁判所の管轄に専属する。よつてその管轄権のない控訴裁判所へ申立てられた本件異議は不適法として却下せらるべきである。

仮に当裁判所に管轄ありとするも、今更仮処分のなされた頭初に戻つてその当否の判断を必要とするような申立をするのは甚だ時機に後れ訴訟の完結を遅延せしめるものであり、それは全く控訴人の故意でなければ重大なる過失によるものであるから、この点からも本申立は却下されるべきである。

のみならず、控訴人主張の事実はすべて虚構である。仮に被控訴人との間に控訴人主張のような契約が成立したとしても、それは被控訴人に奴隷的拘束を加え収益はすべて控訴人において搾取せんとする不法の内容をもつから無効である。

被控訴人は本件土地に対する地上権、本件家屋に対する所有権の確認及び家屋につき存する不法な登記の抹消請求を本案訴訟とする急迫なる強暴を防ぐための仮の地位を定める仮処分を申請して許されたのが本件仮処分であつて控訴人の主張はすべて失当である。

立証として、

控訴人訴訟代理人は甲第一ないし四、第五号証の一ないし一〇第六、ないし第九号証を提出し、原審での証人清水長平、四方幸太郎の各証言及び検証の結果を援用し乙第四号証は不知、その他の同号各証の成立を認めると述べ、

被控訴人訴訟代理人は乙第一ないし第五号証を提出し、原審証人波多野恵美子、中村直行の各証言及び被控訴人本人尋問の結果を援用し、甲第三、七、八号証は不知、その他の同号各証の成立はこれを認めると述べた。

理由

控訴人は原審において特別事情による主文第二項記載の仮処分決定(以下本件仮処分という)の取消を求めたのを当審において同仮処分に対する異議による取消に変更したことは記録上明かであるが、右請求はいずれも同一仮処分の取消を目的とし、しかも本件においては原審以来特別事情に併せて事情としてではあるが、異議事由にあたる事実も控訴人において主張し、被控訴人もこれに対し十分抗争の手段を尽して来ていることは又記録上明かであつて、その請求の基礎は右の申立の変更にもかかわらず動かないところであるから、本件においては特別事情による取消の裁判を経たことはそれと基礎を同じうする異議についても同一裁判所(異議についての専属管轄裁判所)の審理を経て来たと同様に解するのが相当であつて、当審での異議申立への変更は民事訴訟法第二三二条上許されるか否かの問題はあるにしても異議訴訟の専属管轄違反とはならないと見るべく、この点の被控訴人の抗弁は失当である。そうして前述の通り本件においては請求の基礎が同一であり、異議の裁判に必要な訴訟資料も双方から原審以来提出されているから、右変更のために訴訟手続が著しく遅延するような事情もないから、この変更は許される。もつとも右の通り被控訴人は変更に異議を述べるので、その変更に含まれる特別事情に基く本件仮処分取消の申立の取下はその効力がないこととなりその結果異議の申立が拡張併合されたこととなつた。

よつて先ず特別事情に基く取消申立につき判断するのに、本件仮処分はその決定の主文とその申請記録中の仮処分申請書の申請理由と題する部分とによれば、本件仮処分の目的不動であるところの、被控訴人が地上権を有する土地やその地上の被控訴人の住居や営業用店舗にあてられその所有占有にかかる建物に、控訴人が勝手に侵入し屋内の被控訴人所有の動産を持去り、庭の植木を伐り工作物を設置しようとしたりして、被控訴人の住居や営業の安全を不法におびやかすので、その急迫な強暴を防ぐ必要上とられた仮の地位を定める保全方法であることが明かであり、その被保全権利が金銭的補償によつて終局の目的を達成できない性質のものであるし、原審での証人中村直行の証言と被控訴人本人尋問の結果によれば、被控訴人は控訴人に対しその主張の寒天等の引取を要求しているのに、控訴人は殊更にこれを本件家屋に放置していることが疎明せられるので、本件仮処分の執行により控訴人は右商品の処分を妨げられてはいないのであつて、控訴人側に本件仮処分の執行のため特別に著大な損害を及ぼす事情も認められないから、右申立は理由がなく、これを棄却した原判決は相当でこれに対する控訴は棄却すべきである。

次に異議による本件仮処分の取消の当否につき判断する。成立に争のない乙第一ないし三、及び同第五号証、乙第九号証の各一部ならびに原審での証人清水長平、波多野恵美子、中村直行の各証言と双方本人尋問の結果の各一部に原審での証人四方田幸太郎の証言と検証の結果とを綜合して考察すれば、被控訴人は夫親男と共に昭和二二年以来小浜市において美容院を営み相当の収入を得て漸次発展して来たところ、昭和二五年控訴人は、長男である右親男と妻きみとが継母子の関係にあつて、長男夫婦と別居関係を続ける世間体を恥じ、かたがたやがて妻帯さすべき四男昭三に右小浜市の店を譲らせて、被控訴人夫婦を舞鶴市に呼戻そうと考え、本件仮処分の目的土地を買取り、その地上に被控訴人夫婦のため美容院を新設することを言明して同人等に帰来することを承諾させた上、頼母子講数口に加入落札し、或は所有家屋を売却して資金を調達し、被控訴人や昭三からも一部援助を受け、かつ深田太郎から材木等の融通を受けて、行く行くは親男の所有とすべくその名義をもつて昭和二六年三月本件仮処分目的建物の建築に着手し、同年七月これを完成し、被控訴人夫婦をこれに移らせて同年九月乙女美容院の商号の下に美容院を開店し、自らは舞鶴市字森にある住宅に住みこの店の経営管理のため通つていたが、そのことに不満な親男が翌年二月再び家出したにも拘らず、被控訴人は奥野家に留り誠実に営業に従事し昭和二八年一月頃には、右店舗新築のために負担した頼母子等の債務を皆済するに至つたのみならず、親男は本件店舗を被控訴人名義にすれば帰来する内意であると聞知し、信頼し難い親男よりは頼み甲斐ある被控訴人の所有とするがよいと決心し、その頃その旨を控訴人に告げて了承させ同月一四日同店舗住宅を被控訴人名義に保存登記を経て贈与を履行し、ここに本件家屋は被控訴人の所有となつたが、控訴人は親男の処分防止の手段として同時に、被控訴人に無断で形式上これに自己を権利者とする抵当権設定登記と所有権移転請求権保全の仮登記を経た上、同月二八日開かれた親族会議の席上、本件家屋を被控訴人に贈与してその名義に登記したこと、同年二月一日以降美容院の経営も被控訴人に譲り、自分等夫婦は小浜市の昭三方に同居することをはかり、一同の諒承を得、被控訴人は奥野家の一員として留まり同月以降控訴人に当分の間一日三〇〇円の日掛貯金をすべき誠意を表明し、右の通り本件店舗は同月一日以来被控訴人の経営に移り、同家屋も従つてその単独の占有に帰したこと、右家屋が被控訴人の所有に移された際その敷地は控訴人の所有であるのにその使用関係につき何等の明示の意思表示はされなかつたが、右贈与までのいきさつや使用料の定めなかつたことから地上権を設定する意思が暗黙の間に表示されたものであること、その後本件店舗家屋には東側と南側に差掛式物置が作られたがいずれも本件店舗家屋と一体をなす一部であつて当然にその所有者たる被控訴人の所有に帰したものであること、昭和二八年一〇月頃控訴人が被控訴人の身持に疑をいだき注意したことから、両者間に不和を生じ、被控訴人が控訴人のためにする日掛をやめるに及んでその間の溝は益々深まり、控訴人は勝手に本件店舗に入つて営業用鏡や電気蓄音機を持出そうとしたり、必要もないのに寒天等の商品を本件店舗家屋内に持込みその円満な使用を妨害し、翌年春には庭の樹木を伐つてそこに何等か築造する気配を示し、その間女性である被控訴人に対し既に被控訴人は親男と協議離婚し控訴人と親族関係はないのに従前の身分関係にことよせ威圧を加えようとするので、控訴人はその住居及び営業上に不安をいだき本件仮処分の申請に及んだものであることが認められ、右認定に反する前記甲第九号証乙第五号証の記載内容の一部ならびに証人四方幸太郎を除く前掲証人、本人の証言供述は当裁判所の信用し難いところである。以上の通りであるから本件仮処分は占有権に基くものではなく目的土地に対する地上権、家屋に対する所有権に基くものであり、控訴人は本件土地家屋につき被控訴人と共同の直接占有はなく、又両者間には家族関係は解消しているのであり、持出そうとしたものも控訴人の所有ではない。

よつて被控訴人の前記土地の地上権及びその所有にかかる店舗家屋の円満な使用収益を妨害する控訴人の急迫な強暴を防止するため本件仮処分は必要であると認められるから、これを認容すべきである。

当審における総費用はすべて控訴人の負担とすべきものとし、民事訴訟法第八九条を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 大野美稲 石井末一 喜多勝)

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